日本版ライドシェア、国際版とは似て非なる 八代尚宏さん

ロングランシリーズ テイゲン

◎昭和女子大・八代尚宏特命教授インタビュー

一般ドライバーがマイカーに客を乗せて目的地に送り届ける「日本版ライドシェア」が始まって1年6カ月が過ぎた。日本版は海外で普及する「国際標準版」とは違い、営業時間の制限などの規制も多い異形の産物だ。日本版ライドシェアの課題について、規制改革に詳しい昭和女子大の八代尚宏特命教授に聞いた。

八代尚宏昭和女子大特命教授

―国際標準版は事業主体が一般ドライバー個人なのが特徴です。

国際標準版はドライバーが会社の束縛を受けず、都合のいい時に働く自由性が良さ。ドライバーには「ついでビジネス」と言え、マイカーで仕事やレジャーで目的地に向かう途中、通り道付近にいる客から配車依頼が舞い込めば、本来の目的の「ついで」に乗せ、運賃収入を得る。乗客にもタクシーがない場合にも乗れる利便性が売りだ。

―日本版はタクシー会社が事業主体で、そこが国際版との違いです。

日本版はタクシー会社が独占的に運用して運行管理する。ドライバーもタクシー会社に雇われなければ稼働できない。サラリーマンが副業でドライバーの仕事をしたくても、本業との兼ね合いで参入ハードルが高い。

運行日、時間帯とも国に指定され、その範囲内でしか稼働できなかったり、稼働時間も週20時間などと上限が定められたりと制約も多い。

タクシーとライドシェアは本来、別々のサービスで相互補完する関係。タクシーがつかまらないからライドシェアを使うのに、運行日と時間帯があらかじめ決められ、共産主義的だ。共産主義国の中国でさえも国際標準版のライドシェアで運用しているのに、これではどちらの国が共産主義なのか分からない。

国際標準版は大雨の日やイベント開催時など需要の多い時に運賃が上がる変動制を取り入れているが、日本版は固定制で硬直的だ。

―日本版はタクシー会社の管理下に置かれている弊害があるということですね。

日本版はタクシー会社の下請け的存在に過ぎない。国土交通省もタクシー業界の利益を損ねるところまでは踏み込まず、「業界ファースト」で乗客は二の次に置かれている。

―なぜ国は業界にそこまで気を使うのでしょう。

結局は政治力だ。タクシー業界の政治献金はすさまじく、その恩恵を受ける政治家が役所に圧力を掛ける。国のタクシー行政は特定地域、特定台数割り当て制など業界を保護するために規制を掛ける。日本版はその延長線上にあり、タクシー会社に囲い込まれている。

―日本版が国際標準版と比べられて批判を受けると、国交省や業界は「タクシー会社が管理し、ドライバーを指導するから安全・安心が確保できる」と強調します。

国際標準版もドライバーは登録制で審査を受ける。運行実績や交通事故歴などの個人情報と評価が明示され、乗客はそれを判断材料にしてドライバーを選ぶ。過去に一度でも問題を起こしたドライバーは排除される。客も登録制でドライバーにも選択権がある。

タクシーは基本的に運転手も乗客も相手を選べず、「お互い素性が分からず、かえって危険」という声も根強い。国際標準版は車内モニターや非常警報が備わり、セキュリティーも保たれている。

安全性も日本のタクシー運転手は高齢化が著しく、60歳以上の人が全体の6割を超す。年代別の交通事故率も60歳以上が圧倒的に多く、「タクシーだから安全」という指摘は裏付けを欠く。保障面も国際標準版はタクシーと同等の自動車保険の加入が義務付けられ、見劣りすることはない。

―国は新しいビジネスが生まれようとすると、抑えに掛かる傾向があります。

新ビジネスが芽生える兆しがあるのなら、まずはやってみて問題点が出れば機敏に改善すればいいだけなのに、国は規制でがんじがらめにし、新ビジネスが育たない。

車の送迎で言えば対価を得ると「白タク」に当たると禁じられているが、ショッピングセンターや幼稚園、自動車教習所の送り迎えはどうなのか。確かに運賃は無料だけれども、客は買い物や教育サービス、運転指導など別の形で対価を支払っている。国交省はこの矛盾をどう説明するのだろう。

ドライバーも働きたい時に働けず、客も乗りたい時に乗れないライドシェア本来の魅力を阻害する日本版には見切りをつけ、国際標準版に切り替えるべきだ。

【やしろ・なおひろ】1946年、大阪府生まれ。国際基督大教養学部、東大経済学部卒。経済企画庁(現内閣府)、OECD日本・アイルランド室長、日本経済研究センター理事長、上智大教授、国際基督教大教授などを経て現職。主な著書に『新自由主義の復権』『労働市場改革の経済学』など。

(本紙11月1日号「ロングランシリーズ テイゲン」欄より転載)

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